「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」
2000年前からある言葉です。
だから、戦争とか軍国主義とは全く関係ありません。
君が代が最初にでてくるのが万葉集です。
次に1300年前に聖徳太子が編集したとされる「旧事本記大成経」のなかの「詠歌本記」という中にでてきます。
しかも誰が詠んだか分からない詠み人知らずの歌です。
はっきりしていることは、この時代の「君」は「YOU」、二人称であって今騒いでる天皇陛下のことではありません。今の時代、乾杯でもするときに「あなたのお幸せを・・」という意味です。
また「お帰りになりましたらご主人様によろしゅう・・・」「お帰りになりましたら奥様によろしゅう・・・」というご主人様、奥様と言う意味。
実は家族をも含まれたご主人様によろしゅうと言うことなのです。このご主人様によろしゅうというのが天皇陛下によろしゅうと家族社会であるがゆえに発展しただけのことであって、決して君が代が天皇陛下そのものを指すものではありません。
それでは天皇陛下を指す場合、なんていうかというと「大君」というのです。
はっきりと区別されているのです。
国民がひとりひとり千代にわたるまで、そして永遠に一人一人役割を果たして、巌となりて、大きな力となって、祖の大きな力を苔のむすまで頑張りましょうと言うなんと世界一の平和な歌なんですね。
それでは、どれだけ平和な歌か世界の国家と比較して見ようと思います。
どこの国でも国家が斉唱されれば、「気をつけ」をするのが当然。あの民主主義のアメリカでさえも敬礼するのです。
日本の子供たちは、この歌をお相撲の歌、オリンピックで勝ったときの歌としか認識していない子が増えているみたいです。その子どもたちが大人になって、国会議員や閣僚をやっているから話になりません。これは教育の責任ですが、すべて彼らが悪いわけではありません。
戦後、日本は外国の学問や哲学を勉強するのに集中し、「日本のこと」を学習するのをしばらく忘れていたと考えるべきです。五濁(ごじょく)のなかの劫濁(こうじょく)と見濁(けんじょく)にあたります。すなわち時代の汚れと、思想の汚れなのです。
このへんをしっかりしていかないと日本の将来は大変なものになるような気がします。
それでは、諸外国(世界)の国家を見てみましょう。
日本の『君が代』とどちらが平和で、穏やかな歌か比べてみてください。
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世界の国歌の内容の意味をしっかり見てください。
【イギリスの国歌】
神の救いあれよ、我らが王に
幸と勝利に栄光あれ 栄えたまえ我らが王
幸と勝利に栄光あれ 栄えたまえ我らが王
【アメリカの国歌】
見よや 朝の薄明かりに 黄昏行くみそらにうかぶ我らが旗星条旗を
弾丸降る戦の庭に 頭上高く翻る堂々たる星条旗を
ああ我らが旗ある所 自由と勇気共にあり
【フランス国歌】
行け 祖国の国民 時こそいたれり 正義の我らに 旗は翻る 旗は翻る
聞かずや 野に山に 敵の叫ぶを 悪魔の如く 敵は血に飢えたり
立て国民 いざ鉾とれ 進め 進め 仇なす敵を葬らん
【イタリアの国歌】
・・……
・・…勝利はいずこぞ、勝利は神、常にローマの手の内に
剣を取れ 命捧げん 国のため 剣を取れ
【ソ連の国歌】
自由の国 揺るがぬ国 永久に生きる我がロシア
諸人こぞり立てし国 栄光あれ ソヴィエト同盟
鍛えられし我が兵 攻めくる敵撃ち破り、
断固と守る貴き国 我が祖国に栄光あれ
【中華人民共和国】
立て 奴隷となるな 血と肉もて築かん良き国
我らが危機通り来ぬ 今こそ戦う時は来ぬ
立て立て 心合わせ敵に当たらん 進めよや 進めよや
【メキシコ】
メキシコの兵は雄々しく勇ましく 戦の庭に立ちて筒音とどろかし
平和を愛する友 勝ちとれや勝利を 永久に変わらぬ運命を神は与えたまう
攻めくる敵にあたり示せよその力を 守れよ国を友よ 勇ましき兵よ
【スイス】
祖国の山 自由の歌 うたいあげ、国のために、スイスのために 血を命を捧げなん
峰に生かしこの自由の古木を嵐吹けども揺るぎなく、年と共に栄行く
【カナダ】
おおカナダ 祖先の土地 戦地にも花は咲けり
剣を振るいて立てし手柄よ 歴史を彩るは輝く勲
貴き誓いは我らが国を守らん 我らが国を守らん
【キューバ】
進めよ我らがバヤメーセス 我らが祖国の守り
国の為に死するは永久に生きることよ
敵の侮り受け我らは生きるべきや
敵の叫び聞かずや 今こそ進めよや
いかがですか? あなたも【君が代】をゆっくりと歌ってみてください。
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【参考文献月間松柏】